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有明海にまつわる人々

堤 裕昭
つつみ ひろあき
熊本県立大学
環境共生学部  環境資源学科教授

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1956年,佐賀県生まれ
1985年,九州大学大学院理学研究科博士課程終了(理学)

熊本女子大学生活科学部助教授、米国ラトガース大学、海洋・沿岸科学研究所客員教授、熊本県立大学生活科学部助教授を経て熊本県立大学環境共生学部教授・熊本県立大学大学院環境共生学研究科長・熊本県立大学地域連携・研究推進センター長
熊本県立大学環境共生学部長(2012年4月〜2016年3月)

●専門 海洋生態学・沿岸環境科学・微細気泡環境工学●主な研究テーマ 
有明海生態系の異変のメカニズム
干潟に生息するアサリやハマグリなどの二枚貝類の生態アサリ稚貝の低コスト生産技術の開発
河口域に生息するヤマトシジミの生態
イトゴカイの生態
水棲生物の個体群動態解析
沿岸域の海底環境アセスメント
油汚染のバイオレメディエーション
生物浄化およびマイクロバブルを用いた水産養殖場の環境管理
マイクロバブル発生装置の開発と水処理技術への利用

アサリは古代から有明海にいたわけじゃない。

 私にとって貝といえばアサリ。子どもの頃は味噌汁に、自分で料理をするようになってからはバター焼きに酒蒸しにと好物である。貝塚のことを習った時も、疑いもなく「貝塚にはアサリの貝殻があった」と思い込んでいた。先生によると、有明海でアサリの漁場が存在したのはせいぜい200年前からで、縄文弥生の時代の人たちはアサリを食べていなかったとのこと。その時代の貝塚からアサリは見当たらない。ところが、有明海の干潟の地層を解析すると、1792 年「島原大変肥後迷惑」と呼ばれる雲仙の爆発で起きた大津波の痕が至る所から見つかるのであるが、いずれもその痕より上の層からはアサリの殻が見つかるとのこと。つまり、アサリが生息するようになったことを示していて、この頃から有明海沿岸ではアサリを獲って食べる生活が始まったようだ。

アサリはどのくらい減ったのか

 先生に、熊本県を例にアサリがどのくらい減ったかを聞いてみた。
 有明海の干潟の総面積は全国の40%、約2万ha。有明海の干潟面積は、以前と、そんなには変わってない。熊本県のアサリ漁の最盛期は1970年代後半で、65,000 トンくらい獲れていたが、1995 年には1,005 トンまで減少し、ほとんど壊滅状態となり、一時的に少し回復することはあっても、このような状態が現在も続いているということだ。

アサリが獲れなくなった原因

1.干潟に砂が流れ込まなくなった。
 有明海には長崎の本明川、六角川、嘉瀬川、筑後川、矢部川、菊池川、白川、緑川と8本の一級河川が流れ込んでいる。ところが、これらの河川では高度経済成長の時代(1970年年代〜1990年代)に大量の川砂が採取されていた。どの位採取したか緑川を例に取ると、1985 年から95 年まで採取した砂の体積を全部足して干潟の面積、2,200ha で割ると4 cm になる。10 年間で4cm、干潟2,200ha に堆積するはずの砂が、コンクリートの骨材として川から採取されていた。ところが、話しはそれだけでは終わらなくて、砂を取る業界の方からの情報では、実は砂の採取に関して受けた採取許可量の3倍くらいは取るのが業界の常であったということを聞いたことがあるそうだ。そうなると、川の上流から干潟までほとんど砂が届かなくなった時期が20〜30年ほど続いたことになるとの。この時期に実はアサリもハマグリも漁獲量がドンと落ちている。幸い、2000年以降、川砂の採取は禁止されている。最近は、干潟に少しは砂が届くようになっていると思われる。
 一方、干潟への砂の堆積量が少なくなったことを感じた漁師の間では、砂を干潟に撒いて環境を回復させる試みがこの20年間くらい続いているそうだ。熊本県の緑川河口干潟や荒尾干潟に覆砂した場所ではアサリやその他の生物が戻ってくることがわかった。採取が許可されている沖合いの海砂を干潟に撒いて、アサリの棲息量を回復させる努力が続いているとのこと。

2.干潟で爆発的に増えるホトトギスガイ、アサリを食べるエイの襲来
 有明海に面する熊本県の干潟でアサリを回復させる研究を続けている傍らで、今、1つ手を焼いていることがあるそうだ。それは、干潟に海砂を撒いてアサリを増やそうとすると、一時的にはいい結果が得られるのであるが、しばらくするとホトトギスガイが増えてきて、アサリに取って替わる場所が増えているとのこと。この貝はそれぞれが糸を吐いて互いに結び付き合い、その糸に水中の泥の粒子を付けて泥のマットを作る。すると、砂の干潟の上に、この貝が作った泥のマットが厚く(時には厚さ20 cmを超えることも)覆い被さり、アサリは窒息して生息できないようになるとのこと。これを取り除くには大変な労力が必要で、その対策に苦慮しているそうだ。
 また、近年、アサリを食べるエイが数多く干潟に襲来するようになり、潮の引いた干潟には、そのエイ達が作った窪みが多く見られるようになり、相当な量のアサリがエイの餌食となっているそうだ。ところが、このエイはホトトギスガイを食べることができない。ホトトギスガイは泥のマットを作り、身を守っているのだ。エイを獲って食べることを考えないといけないと言われていた。

3.有明海の海流は反時計回りに回っている。
 先生が示された過去のある潮流調査の結果をみると、「有明海奥部海域の海底堆積物と潮流速の関係」には、下げ潮では東部でも西部でも奥部海域から湾口に向けて一斉に移流するために、潮流速に大きな差は生じないが、上げ潮では、東部では湾央からそのまま潮が流入していくのに対して、西部では奥部海域へ向かう流れと諫早湾へ向かう流れの2つの流れが発生するため、奥部海域へ向かう潮流は東部と比較して大きく減速している。これが下げ潮と上げ潮の差(潮汐残差流)を生じさせ、有明海奥部海域に反時計回りの恒流が発生する要因の一つになると考えられるとのこと。
 先生の有明海で続けてこられた調査では、近年は、この反時計回りの恒流が弱くなっていることを示す結果が得られているとのこと。そこで、堤先生が指摘されたことは、まず熊本でアサリを復活させること。そして、有明海の反時計回りの恒流を復活させること。アサリは晩秋に繁殖して、浮遊幼生が1カ月間程度海中を浮遊して、移動する生活史を持つことから、この二つの条件が揃わないと、アサリの浮遊幼生が佐賀にはやってこないことを強調された。

アサリのことから、いろんなことを教えていただいた。
 今年のGWに孫と娘が東京から帰ってきた。あさり好きの孫娘(5歳)のために、ある鮮魚店から有明海沿岸で獲られた表示されていたアサリを買ってきた。バター焼きにして夕食に出すと、ママと二人大喜び。「ママ、美味しいねえ。こんな大きなアサリ初めて見たねえ」とムシャムシャト食べる。
 この話を堤先生にしたら「最終的に獲られた場所は有明海沿岸でも、それは中国産じゃないかな。有明海のあさりは小さいから」と。少しがっかり。中国で獲れたアサリは長距離を船で輸送して日本に着いた後、しばらく日本の干潟に撒いて、しばらく(1〜2週間程度)休ませる。天然の倉庫に置いたようなもの。それが順次市場に出荷されていく。
 有明海で生まれ育ったアサリの多くは、殻の長さが3cmを超えたくらいで獲られるので、見た目はそれほど大きなアサリには見えない。また、中国産より殻が横長で。殻の厚みも少し薄いことから、見慣れると区別できるとのこと。最後に、先生の「現在ハマグリの漁獲量は少なすぎて統計を取っていない。アサリもそのうち、そうならないように」という言葉にドッキリ。平成19年以降、ハマグリはその他の貝類として分類されているようだ。
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